東北レポート3日目前編(亘理町)

 この日は東北滞在中とっても長い一日だった。8時15分にホテル近くのセブンイレブンにマギーちゃんが迎えに来てくれて、亘理町、山元町に車をだしてくださった,Iさん夫妻のお店へ。そこで、楽器や、お絵描きセットなどの荷物を彼らの車に移し替えて,マギーちゃんの友人二人も加わり、計6人で2台に分かれて出発。
 高速(有料道路)に乗って、目的地を目指し走りだして30分くらいたった頃でしょうか、一面の景色ががらっとわって、声を失いました。道路を隔てて、左側は津波の被害で家などが流されて、跡形もない状況をみました。テレビでは見てた光景でしたが、自分の肉眼で生で見た時に、言葉がでないというのはこういうことかと思いました。あまりにもショッキングだったので、写真を撮る事もできなかったです。その道路を挟んで、右側は津波の被害はあったそうですが、道路が防波堤の役割をして、建物の土台は残ってました。津波の被害を見た、初めての瞬間でした。テレビで見て、自分の中では想像していたのですが、一面に広がるその惨状を見た時に、改めて今回の大震災の凄まじさを目の当たりしました。
 その日の最初の目的地:亘理(わたり)町に着いたのが、9時40分くらいだったように思います。
亘理町役場の敷地内に仮設されてるFMあおぞら(地元の災害FM)で、担当の方が迎えてくれて、演奏予定の児童会館に案内してくれました。
 亘理町で演奏させて頂けることになったのは、山元町で支援コンサートをするというのを友達が自分のブログを見て、連絡をくれたことに事を発します。友達の元同僚が山元町の隣りの亘理町に住んでるので、連絡をしてみてとのこと。仙台に行く直前くらいに、その件でやりとりを始めて、山元町に行く日の午前中がちょうど予定が空いてて、そこで調整して頂き実現しました。
 児童会館に着いたのが、午前10時前で、子供達は演奏する予定の部屋に集まってました。館長さん、先生方に挨拶して、軽く打ち合わせ。今回の公演で、子供たちの前でも演奏できたら、と思ってたので、この話を頂いた時には、とっても嬉しかったです。バンドのツアーが東京で終わってから、約2週間、兄夫婦が住むマンションに仮住まいさせてもらってました。その間に、姪っ子(4才)にアコーディオンを聞かせてあげたり、一緒に遊んだりしました。その時に思ったのが、同じくらいの年頃の子供達が被災地で大変な思いをしてる、彼らの前でも演奏ができないものかなと。
 子供大人合わせて60ー70人くらいの前で、約30分くらいの演奏をしました。曲目は、となりのトトロ、さんぽ、ルージュの伝言、星に願いを、オリジナルからLa valse, アコパンダ、風の谷などを演奏。さんぽなどでは、子供達も大合唱。ルージュの伝言では、手拍子を入れてもらったりしました。 MCでアコーディオンの説明をした時に、空気ボタンを押して、風の音を出した時に、”何の音に聴こえる?”と尋ねたら、”かぜー、なみっ,,,”一人の男の子が”つなみ”と発した時に、背筋が一瞬凍って、この質問はNGだったなと思ったと同時に、子供は本当に素直だなと思いました。現地の子供と接して、子供はとっても元気だなと思ったのですが、震災の影響で、夜になると泣く子供も多々いる現状を聞いて、心のケアが必要だと改めて思いました。
 担当の方が言ってくださったことで、”今回の震災で子供も心にとっても深い傷を負ってて、それが音楽とか触れることによって、その事がよい思い出となって、彼らの記憶に残れば…”。この言葉はとっても自分の心に残りました。30分という短い時間でしたが、子供も大人もとっても楽しんでくれて、嬉しかったです。
 
 演奏後に、お絵描きセットを先生に渡したら、とっても喜んでくれました。先生方と記念写真をとったり、お話をさせて頂いて、ふと時計をみると、FMの出演時間が迫ってたので、急ぎ足で町役場へ。
 お昼の時間帯に情報(生活、避難所など)を放送されてて、その番組の中でお話させて頂き、”my soulful song”を演奏させて頂きました。そこで、僕の友達の元同僚で、亘理町にくるのをサポートして頂いた方にはじめてお会いしました。紹介してくれた友達、そしていろいろサポートしてくれた方々に、あらためて感謝したいです。
 山元町に行くまでに、少し時間があったので、一緒に行った方々が各々お昼ご飯を作ってもってきてくれてて、一緒に食べたおにぎりの味、その空間、忘れられない一時でした。後半(山元町編)に続く。

 

 

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